2009年3月アーカイブ

瓦礫下や閉鎖空間の救助・医療の研修を最近何回か受講&お手伝いに参加させていただいて思ったこと。。。

(私が消防職で無いので思い切った話になりますから、何をコイツと思われるかもしれませんが。。。)

①瓦礫下や閉鎖空間下の救助・医療は非常に大切。

 災害対策本部を立ち上げて救援活動を進める自治体の職員もどんなものか知っておく必要があると思いました。

 災害対応のイメージ力を養っておかないと、応援要請が必要か?不要かの判断、タイミングを誤ってしまうので。

②地震災害の場合、広範囲に多数の、まさしく閉鎖空間下の傷病者が発生すると思います。

 その傷病者すべての対応に消防職員のみでの対応はマンパワーからしてとても対応できるものではないと思います。

 そのため、消防団や自主防災組織である程度(個人的主観では1戸建ての2階建てまで)は対応して、さらに困難なケースに消防救助隊や高度・特別高度の救助隊が対応していかなくてはいけないと思います。

 そうでないと一人でも多くの要救助者を救命することが難しいと思うからです。

 まだ私は勉強不足ですが、消防団・自主防向けの倒壊家屋救出要領なるものは、概略的なものしか見たことがありません。

 もし可能ならばその救出要領を標準化したプログラムに編集できないものかと思っています。

 相当時間と労力と皆さんのお知恵が必要になると思いますが、ぜひやってみたい課題の一つと思っています。

③最近ショアリングの勉強もさせていただいていますが、このショアリングの技術、救助活動のみならずレスキューの時間を過ぎた後の復旧活動にも十分使える技術と思っています。

 よく被災地で応急危険度判定士から赤紙を貼られた家の家族が決死の覚悟で家財道具を取りに行く。。。

 ボランティアは危険なので入ることができない。

 という状況に出会うことがあります。

 このような時にショアリングの技術を使って応急的に構造を安定させて家財道具(特に被災者が搬出したいと思われるのはアルバムなどの思い出の品が多いようです)を搬出できる環境を(一時的ではあるが)整える。。。

 なんてできたらどんなにいいことか。。。と思っています。

 無論すべての被災家屋にというわけにもいかないと思いますが、要望があればなるべく対応したい内容ですね。

 これも確立できたら。。。と思っています。

学んでみて、さらに新たな思いを持ったこの頃です。

(これを家で話すと多分カミさんの活火山が大噴火!!かも(汗))

東海地震を想定した災害ボランティア図上訓練に参加してきました。

前の炭焼きさわやかのときの話ですが。。。

訓練会場は静岡市。

初日の午前中は他の会議があったので昼過ぎから新幹線で静岡入り。。。

夕方5時半頃到着しました。

そこから懇親会場を探していたら参加者らしき集団がぞろぞろと懇親会場らしき方向へ。

なので後ろをついていきました。

やはりドンピシャ。会場に到着しました。

その晩はしっかり飲んで語って。。。。

どこかのTRR研修の時みたいに酔いつぶれて翌日に差しさわりが。。ってことはありませんでした(笑)

そして翌日。。。

会場に行くと前日結構熱くやってるなぁ。って雰囲気がプンプン!

DSC00766.JPG

 

ここは静岡県外から集まったチーム(愛知・東日本・西日本・ALLJapanの4チーム)と静岡県の本部チームが静岡県支援の方策等を検討していました。

別室で静岡県内チームは各市町に分かれて発災から何日でボラセン立ち上げができるか、そこにかかわるメンバーは誰か?といったことを検討していました。

私は西日本チームの進行役をいきなり頂いて、参加者が持っている人脈(静岡支援に協力してもらえる企業・団体等)を取りまとめていく活動をさせていただきました。

 

その後、各チームの発表の最中に静岡県内チームへの応援要請を受けて私は別室へ。

市町のボラセンから県支援センター(中間組織で広域調整する組織)への人員(コーディネーター)派遣がいつ頃から可能か?ということを確認する役割をいただきました。(静岡市を含む中部地域を担当)

そこで各市町のボラセンのメンバーから気になった回答は

①県支援センターからボランティアの派遣してもらう状況が見込めないのなら人を出すのがもったいない。

②県支援センターが設置される場所まで行くのが困難(峠を越えないといけないので現実的でない)

でした。

ここでもう少し気になった点は

「静岡県と政令指定都市の静岡市・浜松市の関係はうまくいっているのだろうか?」ということでした。

静岡市や浜松市は最近政令指定都市になり、それまでの県がトップの防災体制から3組織が同じ立場と変化した状況に防災・災害ボランティア関係の現場サイドはうまく移行できたのかが???という雰囲気がありました。

 

それはさておき後半は作成した資料をデータ化するのに西日本チームのメンバー4人に協力していただいて何とか報告資料をまとめることができました。

まだまだこれからも課題が多いのでは?という感想を持った訓練でした。

 

 

 

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